エゴイスト   〜不二side〜







…何故だろう…

胸が高鳴るんだ

こんな新鮮な緊張感と期待感…

試合でも味わった事がないというのに


「…不二先輩…」

「…え?」


声が聞き取れなかった訳じゃない。

僕に話し掛けたその人が、意外だったから…

だから、吃驚してしまったんだと思う。


「これから、ちょっと時間いいッスか?」


昼休みの時間に、三年の教室を訪ねて来た越前。

周りの生徒はまだ幼い一年生の登場を珍しそうに眺め、英二は僕と越前を心配そうに見詰めてた。


「…どうなんすか?」

「あぁ…いいよ。屋上に行こうか」


何となく、儚げに見えてしまう越前の姿。

それはとても頼りなく見えて、彼のテニスから受ける印象とは180度違った。

そんな所が凄く幼さを強調しているようで…思わず手を差し出した。


「…なんすか?」

「越前君が、寂しそうに見えて」

「別に、寂しくないし。だから手なんて繋がないで下さい」

「いや」


少し子供じみた言葉。

こんな僕に君は呆れたのかな…。

それとも意外だったのか。

それ以上反論をする訳でもなく、僕の手を握ったまま歩いた。


「ふぅ…屋上は気持ちがいいね……」

「そーっすね」


昼休みの屋上とは言え、一応立ち入り禁止の場所。

利用している生徒もなく、僕らは扉を閉めて、腰掛けた。


「それで、何の用なのかな?」

「…先輩の事が、判らなくって…」

「君が判らないのに、僕自身に訊くの?」

「………」


僕の言葉をどう受け取ったのか、越前はそのまま黙った。

う〜ん…

そんな表情をしてもらいたい訳じゃなかったんだけどね。


「そうだね…僕の何が判らないの?」

「全部…。性格も、考え方も、好みも…」

「ふふ、それは教えてたらきりがなさそうだ」


可愛いなぁ、この年代だからかな。

思春期の悩み?

色々考える時期だろうね。

越前も例外じゃ無かったって事か。


「僕の性格は…僕にも判らない。好みは…そうだね、"面白い子″かな」

「ふ〜ん…。そういうタイプは、英二先輩とかが好きそうだけど」

「あぁ、ごめん。そういう面白い、じゃないんだ。…例えば、君とかね」

「………は?俺…?」

「そう、越前君。君は僕の好みだよ」


ホント、面白い。

困惑気味のその顔は、男にしとくには勿体無い程に可愛らしいね。

ねぇ…何で君は男なの?


「…可愛いね、越前君」

「はぁ…?…っん!」


その細い腕を引いて、身体を抱き寄せて…

うっすらとピンク色をしている形の良い唇に、キスをした。

戸惑って閉ざそうとする口を、舌で抉じ開けて…

逃げようとする舌を無理矢理絡めて、そして吸い上げて…

越前が苦しそうに僕の胸をドンドンと叩くまで、その行為を続けた。


「…ぷはっ……!」

「……僕、キス上手いでしょ?感じちゃった?」

「な、何言って…!?」


僕を睨みつけながら、呼吸を整える越前。

そんな涙目で睨まれても、興奮するだけなんだけどな…。

自然と男を煽ってる…。


「………っぅ…」

「!?」


突然涙を流し始めた越前に、驚いた。

不謹慎だけど、綺麗だと思った。

こんなに綺麗なら、泣かしてみるのもいいな…などと思ってしまう程に。


「先輩は…!同性愛者じゃないんでしょ?!」

「………あぁ、違うよ?」

「ならっ、何で俺にこんな事するんだよ…!」


あぁ…そうか。

自分でも言われるまで忘れてた。

僕は『同性愛者じゃない』んだった。


「どうして…?さぁ、僕にも判らない」

「………」

「ただ、君を見ていると…したくなるんだよね」

「…俺の事、好きなの?」

「…嫌いじゃないけど、好きでもないよ。恋愛感情なんてないし…」

「なら…!もう俺に触るなっ近寄るな!」


まるで機嫌を損ねた仔猫。

手を伸ばせば引っ掻かれてしまいそうで…

でもとても寂しそうで…


「んぅ…?!」

「ごめん…僕には無理みたい…」


もう一度、越前の唇を奪う。

先程よりは軽くしたつもりだったが、それが逆に隙を作ってしまった。

唇を離す時、越前に噛み付かれた。


「っ…!」


血の味が、口一杯に広がった。

この鉄の味は、どうしても苦手だ……。


「…アンタが無理でも、俺は近寄らない」

「そう…?じゃあ僕から逃げ切ってみるかい?」

「勿論」

「上等だ。さぁ…GAME START」


越前は不敵な笑みを残すと、屋上を去って行った。

ふぅ…静かな、僕だけの空間。

彼に言われて気付いた僕自身の事。

『同性愛者じゃない』

では何故同性にキスが出来るのか…謎だ。

ただからかって遊んでいるだけか…それならいい。

しかしそれだけでは納得出来ない心に、僕は疑問を感じ始めていた……。